昭和40年富士宮ばやし保存発表会
第一回富士宮ばやし保存発表会
昭和40年11月4日、浅間神社秋祭り、富士宮市公民館
主催、富士宮市教育委員会、富士宮市文化連盟
笑いも、涙も、この音と共に
富士宮ばやし八十年の歴史を舞台に
富士宮ばやし、その名前すら決められていない。ある人は大宮ばやしといい、ある人は神田ばやしという。
富士宮ばやしがこの町に入って来たのは約八十年前、と老人達はいう。これもはっきりしたものではない。吉原在、根方に、はやしのうまいあんまさんがいて、その人のところへ習いにいったという役所前の浅井さんは、まだ元気で、その頃の話を今日舞台で聞かせてくれる。
神田川を境にして、東に「いわほ」西に「わくたま」の二つの囃子連ができたのは五十年も前のことだ。その頃若衆だった元町名店街の木村さんも、今日舞台で当時の話をしてくれる。
東西二つの囃子連、がその後いくつにも分かれた。神田も羽衣も浅間も神賀もその時に生まれた。
浅間神社秋祭りは、囃子連が行政区ごとに出来てから一番盛んな時期を迎えた。いわゆる黄金時代である。この頃、力まかせに若さを祭りで燃やした大勢の人達も、今では分別盛りの年頃である。今日この人達も舞台に次々に現われ、富士宮ばやしに打ち込んだ昔の情熱を語ってくれる。
歴史には偉い人しか出てこない。名もない庶民は唄や踊りや音曲に暮しのありさまを映して残した。郷土芸能といわれるものは、その地の庶民の歴史である。
富士宮ばやしは勇壮である。特に「にくずし」から「やたい」への移りは小気味よい切れ味である。しかし、「みちゆき」「かぞえうた」にも素朴な庶民の喜びがのぞかれる。
こうを通して聞くと。この囃子にうかれ、これの囃子で舞い、この囃子で唄い、この囃子に生きて来たこの地の先達たちのおもかげが、走馬灯のように浮かんで来る。
富士宮ばやしの歴史はそう長いものではない。しかしこの八十年程の歴史を、数時間で知りたければ今日の富士宮ばやしに耳をかたむけるがよい。笑いも涙も怒りも悲しみも、すべての人間の感情が、この音の中にある。このリズムの中に生きている。
秋祭りあれこれ
富士宮邦楽研究会
高橋星山
富士宮ばやしは、京都の祇園ぱやしの流れである。一説には、岩渕の天王山八坂神社の〃
きおん祭り”から伝わったともいわれ、また、根方の、根古屋から教えを受け、伝わったことは、まだ古老たちの記憶に残っている。
屋台の〃おはやし〃は、舞台上の踊りが主で、常盤津、清元、端唄などに、三味線、笛大太鼓、小太鼓、オオカワ、ツツミ、鉦などが奏せられる。これを「道ゆき」といい、宮まいり、竹巣、数え明、四丁目などの曲がある。
山車の方は、細工、装飾に大変金がかかり、武者人形など屋上に飾って、手古舞姿の”金棒引”が先導する。山車には、「オオド」「キンドウ」笛、鉦などの囃子方が乗り込み、招殿、二くづし、やたいなどの勇壮な曲がたたかれる。
なんといっても見ものは、二台の山車がすれ違う時に行われる〃打ち合い”で、調子の乱れた方が負けて、道をゆずるというルールになっている。
今年は舞台での発表なので、〃すれ合い”は再現できないが、来年あたりは神田橋上などで実現したいものである。
石岡しし舞いが応援出演
茨城県石岡神社の石岡祭りは、関東三大祭りのひとつ、ここのしん踊りはケンラン豪華で有名である。この踊り連中二十名が、浅間神社秋祭りに、しし舞いを奉納しようと来宮たまたま富士宮ばやし保存発表会とぶつかったので、ついでに場内の人達にも見ていただこうと、今日舞台で踊る。なお続いて、市街地を踊り歩き、珍しいおししのパレードを市民にも披露してくれる。
これからの文化活動は郷土をテーマに
富士宮市文化連盟会長
後藤清吉郎
文化連盟は、合唱団、劇団、邦楽、文学、美術など十の団体が集って作られています。
この地に残された仕事うたを、今日の合唱団が舞台で歌ってみたら・・・・・という話は、文化連盟の中では数年前から出ていました。
劇団は、郷士の伝説、歴史などから物語りをひろおうとしていますし、文学も同じ考えで郷土史の研究に入っています。
今までは、よその国の歌、よその土地の作者の台本ばかりによりかかって来たのですが、文化連盟も、生れて十余年になります。
市民の理解も年毎に増え、市との協力による行事も、盛んです。このあたりで念顔の郷土芸能と取組もうということになり、手はじめに、「富士宮ばやし」をいかに保存、育成するかということになりました。
十月五日、公民館で、各地域の囃子方さ四十数名に集っていただき、秋祭り中日に公民館で第一回発表会を開くことが決められました。
文化連盟人には、秋祭りを手がけた人が少ないので、各地の祭りの経験が豊富な人たちの助力を得て、この試みは成功いたしました。
文化連盟が、この仕事を通じて知ったことは、多少の考え方の違いはあるにせよ、郷土の役に立つことなら、大勢の人達が仲よく手をつないで仕事ができるということでした。文化連盟は、これからも大勢の市民のみなさんと協力し合って、富士宮を、姿も心も住みよい美しい町にするために、努力を続けたいと思っています。
市民が力を合わせて郷土芸能を守ろう
富士宮市長 山川斌
何も手を加えなければ。古いものはどんどん消えていきます。どうしても残したいものは、みんなで力を合わせて守らなければなりません。市が金を出したからといって、それだけでうまくいくものではありません。大勢の市民が、その意義を知って結集しなければなりません。
今度生れようとしている「富士宮ばやし保存会」は、大変いいことです。第一回発表会も、各地の理解ある人達の協力で、盛大なものになりました。この行事は、年毎に盛んになり、富士宮の新しい名物が生れるでしょう。
富士宮ばやし以外にも、残しておきたいものがまだたくさんあります。茶つみ唄や馬子唄もあると聞いています。郷土の芸能を、ひとつひとつしんぼう強く、ひろい集める仕事は、骨の折れるものです。
でも、明日の人達のためにも、それは今日の人間の果すべき仕事です。この偉大な事業は、市民と市が協力しなければできないものです。




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