袖日記

昭和60年3月11日 富士宮市指定有形文化財 書跡

袖日記は天保14年9月から文久3年まで約20年間にわたり桝彌(現在の神田通りの中心に位置するところにある酒屋さん)の先代の主人が記録した日記であり、当時の出来事や世相などを知ることができる。

(富士宮市 大宮町 横関及彦氏 所有)

万延元年(1860)・「浅間様御田植群衆。芝居大入り。在々ヘハ町方ニて家臺多く引出スと申大評判故夥(おびただ)敷人出ル。」袖日記 九番から抜粋
万延元年6月28日
・「浅間様御祭礼。 東町若イ衆家臺出ス。夜九ツ過(二十四時過)神田橋ニ到る神田川橋ニて夜明けニ成。
 家臺明七日社領を引。芝居役者交り新宿熊吉と申ス若い者踊ル。」
袖日記 九番から抜粋
万延元年7月6日
文久二年(1862)・「若イ者俄之儀昨十日夜半中老安兵衛、猶八、□方へ来り町方之儀仰せ之通り相守り可申候間
 子供の座敷踊り之処大目ニ願ふ由申来ルニ付、神妙之儀ならず知らぬ分と申ス。
 今夜半若イ者神田橋ニ於てダシ俄の儀始め候処大雨ニて休ミニ相成事。十二日暁ニ家臺崩す。」
袖日記 拾番から抜粋
文久二年9月11日

コメントを残す