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宮本 :: 富士宮まつり

xpwiki:宮本

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湧玉宮本紹介 anchor.png[1] Edit [2]

祭り組名湧玉宮本
行政区名宮本区
位置・目標浅間大社[4]西に隣接し、区内に中央図書館と市民文化会館がある。
引き回す物山車と小型屋台
建造年山車は大正4年建造。後に屋台に改造され昭和57年に山車に復元。
象徴(人形・飾り物など)紋は御所車(八本源氏車)、山車の象徴は諫鼓鶏
囃子演目道囃子、にくずし、屋台、昇殿
ホームページ湧玉宮本の祭り[5]
平成27年浅間大社[4]祈祷殿前で
平成24年湧玉宮本記念撮影
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湧玉[8] anchor.png[9] Edit [10]

親名の「湧玉[8]」は明治中期まで神田[12]川以西で唯一の祭り組織の名前でした。
大宮町の発展と共に多くの町内が分離独立し、その囃子を受け継ぐ印として神田[12]川以西の祭り組名に親名として冠し名乗っています。
明治29年に写されたこの写真には当時6歳ぐらいの祖父が写っていますが、ほおずき提灯には「湧玉[8]」の文字が見られます。
明治39年の記念撮影 提灯に「湧玉宮本」と書かれています。
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湧玉御幸 anchor.png[14] Edit [15]

大正4年に山車を建造し、湧玉御幸を名乗る。
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湧玉宮本 anchor.png[17] Edit [18]

浅間大社[4]西に隣接する町内で昔から神社と関係が深かった事から古くは「社人町」と呼ばれ、現在は「宮本」と名乗ります。
行政区名は「宮本区」ですが祭り組名は「湧玉宮本」。
世帯数は平成23年4月現在で121世帯。
少子高齢化とドーナツ化で祭り実施にはいつも人手不足が影を落としていますが、そのような状態でも毎年の祭りを休止した事がないのが自慢です。

集合写真山車の写真

明治44年寿時代昭和54年記念撮影
社人町と寿町合同で「寿[23]」を名乗り、祭りを行いました。露店の出なかった秋まつりに湧玉宮本
西門鳥居の石段から屋台を降ろし、境内に引き入れました。
昭和57年《市制40周年》に山車を復元
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祭りスナップ anchor.png[25] Edit [26]

この写真を撮っているところが、Youtubeのoyatiti2[28]さんの投稿動画に写っていました。
湧玉宮本は毎年第二大鳥居前まで山車を引き入れ、浅間大社[4]に向けて囃子を奉納します。himawari728[30]さんが、Youtubeに投稿したもの。

Last-modified: 2016-12-02 (金) 09:17:39 (JST) (296d) by admin